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東京地方裁判所 昭和54年(行ウ)65号 判決 1985年6月28日

昭和五四年(行ウ)第六五号事件(以下「第六五号事件」という。)原告 瀬川厚夫

昭和五四年(行ウ)第六六号事件(以下「第六六号事件」という。)原告 平原清巳

原告両名訴訟代理人弁護士 藤沢抱一

第六五号事件被告 調布市長 金子佐一郎

右訴訟代理人弁護士 大輪威

第六六号事件被告 狛江市長 吉岡金四郎

右訴訟代理人弁護士 石葉光信

同 上村正二

同 石葉泰久

同 野口和俊

主文

1  原告両名の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告両名の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  第六五号事件

1  原告瀬川厚夫

(一) 被告調布市長が昭和五三年八月一二日付けで原告瀬川厚夫の昭和五三年五月分及び同年六月分の下水道使用料七二〇円についてした支払督促処分を取り消す。

(二) 訴訟費用は被告調布市長の負担とする。

2  被告調布市長

(一) 原告瀬川厚夫の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告瀬川厚夫の負担とする。

二  第六六号事件

1  原告平原清巳

(一) 被告狛江市長が昭和五三年九月一日付けで原告平原清巳の昭和五三年四月分ないし同年七月分の下水道使用料合計五四四〇円についてした支払督促処分を取り消す。

(二) 訴訟費用は被告狛江市長の負担とする。

2  被告狛江市長

(一) 原告平原清巳の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告両名の請求原因

一  支払督促処分に至る経緯

1  東京都住宅供給公社(以下「公社」という。)は、昭和四〇年ころ、東京都調布市及び狛江市(当時北多摩郡狛江町)の二行政区画にまたがって総棟数八八棟、総戸数三九〇七戸、内一般分譲(積立てなしで頭金を支払い残代金を割賦払の方法により支払うことにより分譲を受ける方式)八二〇戸、積立分譲(一年間積立てし積立完了後積立金を頭金として残代金を割賦払の方法により支払うことにより分譲を受ける方式)一二二八戸及び一般賃貸一八五九戸からなる公社多摩川住宅団地(以下「多摩川住宅」という。)を建設したが、原告瀬川は、公社との間で、昭和四二年一月、住宅の積立分譲に関する契約を締結し、更に昭和四三年三月、同契約に基づき東京都調布市染地三丁目一番所在の多摩川住宅ホ―一一―三〇三号の譲受契約を締結して、同住宅の引渡しを受け、昭和五六年三月肩書地に転居するまで居住していた者である。原告平原は、公社との間で、昭和四二年一月、住宅の積立分譲に関する契約を締結し、更に昭和四三年三月、同契約に基づき東京都狛江市西和泉二丁目一四番(当時北多摩郡狛江町和泉三六六三番地)所在の多摩川住宅ニ―一四―三〇六号の譲受契約を締結して、同住宅の引渡しを受け、居住している者である。

2  多摩川住宅が建設された当時、同地域には公共下水道が設置されておらず、公社は、同住宅から生ずる下水の処理について、同住宅南東部に下水処理場(以下「従前処理場」という。)を建設し、各戸の排水枝管及びそれが集まった排水幹管を流れてくる下水を同処理場に集め、ここで処理していた。そして、昭和四七年九月ころからは右処理済みの下水を公共の水域である多摩川の支流の根川に放流させていた。

3  ところが、公社、調布市及び狛江市の三者は、昭和五二年一二月二三日、多摩川住宅内の排水幹管と従前処理場との連絡を同処理場の直前の地点で断ち、右排水幹管を同地点で調布市及び狛江市が管理する公共下水道(以下「本件公共下水道」という。)に直結(以下「本件直結」という。)した。その結果、従前処理場の機能は停止し、原告両名ら多摩川住宅居住者は本件公共下水道を使用せざるをえなくなった。ちなみに、右下水は、本件公共下水道が接続している東京都管理の多摩川流域下水道調布幹線(以下「本件流域下水道」という。)へ流入し、森ヶ崎終末処理場を経て東京湾に放流されることとなった。

4  その後、狛江市は昭和五二年一二月二六日付けで多摩川住宅の同市行政区画内の地域について、調布市は同月二八日付けで同住宅の同市行政区画内の地域について、それぞれ下水道法九条の規定に基づき公共下水道の供用及び終末処理場による下水の処理の開始の公示(以下「本件各告示」という。)をした。

5  そして、被告調布市長は、原告瀬川の昭和五三年五月分及び同年六月分の下水道使用料七二〇円について、支払請求(納入通知)をし、更に昭和五三年八月一二日付けで支払督促処分(同月一五日到達)をし、被告狛江市長は、原告平原の昭和五三年四月分ないし同年七月分の下水道使用料合計五四四〇円について、支払請求(納入通知)をし、更に昭和五三年九月一日付けで支払督促処分をした(以下、右各支払督促処分を併せて「本件各処分」という。)。

6  なお、被告調布市長は本件処分の際、異議申立期間を六〇日と教示したので、原告瀬川は昭和五三年一〇月一三日同被告に対し異議申立をしたところ、昭和五四年三月一九日付けで棄却の決定があった。

また、原告平原は本件処分について昭和五三年一〇月二日被告狛江市長に対し異議申立をしたところ、昭和五四年四月三日付けで棄却の決定があった。

二  本件各処分の違法事由

1  以下に分説するとおり、本件公共下水道の使用についての権利義務関係はその管理者である調布市及び狛江市と使用者である原告両名ら多摩川住宅居住者との契約があって初めて成立するものであるところ、本件公共下水道については右契約が締結されていない。したがって、原告両名の本件公共下水道に係る下水道使用料の支払義務は発生しておらず、その発生を前提とする本件各処分は違法である。

(一) 本件公共下水道の使用関係の法的性質及び下水道法一〇条一項ただし書該当性について

一般に公共下水道は地方公共団体が設置及び管理する公の施設であり、その設置及び管理は非権力的な作用に属するから、その使用関係は私法上の契約に基づいて発生するものである。ただ、下水道事業は、都市の健全な発展及び公衆衛生の向上に寄与し、公共用水域の水質の保全に資するという公共目的を有する(下水道法一条)から、公共下水道の供用が開始された場合においては、当該公共下水道の排水区域内の土地の所有者、使用者又は占有者は、遅滞なく、その土地の下水を公共下水道に流入させるために必要な排水管、排水渠その他の排水施設(以下「排水設備」という。)を設置しなければならない(同法一〇条一項本文)が、このような公的規制は右公共目的を達成するために必要とされるにすぎないものであり、このことは同法一〇条一項ただし書が規定するところである。本来、公共用水域の水質の保全と公衆衛生の向上という公共目的を達成するためには、排水設備の設置を義務付ける必然性はなく、排水者らに一定の排水基準の遵守を要請すれば足りるのであり、また下水道事業を地方公共団体の事業にしなければならない必然性もないのであるが、下水道法が水質汚濁防止法の規制に任せるにとどめず、右一〇条及び下水道事業を地方公共団体の専属的事業とする旨の三条の規定を設けているのは、個人の義務の履行に期待するだけでは右公共目的の達成が困難であり、下水道事業には莫大な費用を要し、かつ、右公共目的の実現が地方公共団体の義務であると考えられたためである。したがって、地方公共団体は、住民に対する義務として公共下水道を建設しなければならず、その使用を申し出る住民に対しては使用を拒否できないのであるが、他方、排水者は、下水処理施設を有していない場合には公共下水道の使用を義務付けられるものの、水質汚濁防止法の排水基準(三条)に適合した下水処理施設を備えて浄化した上で排水している場合には、何ら公共目的に反しないから、公共下水道へ流入させるための排水設備の設置義務を課されることはなく、これを使用するか否かは私法の規定によって決定されるというべきである。すなわち、下水道法一〇条一項ただし書に「許可」とあるのは、水質汚濁防止法の排水基準に適合している事実を確認するために「届出」をさせるという意味に解するのが法全体の趣旨に合致している。

ところで、従前処理場は、そもそも下水道法二条六号に規定する終末処理場、水質汚濁防止法二条二項に規定する特定施設としての下水道終末処理施設(同法施行令一条、別表第一第七三号)のいずれにも該当し、昭和四二年六月一日成立のいわゆる五省協定(宅地開発又は住宅建設に関連する利便施設の建設及び公共施設の整備に関する了解事項)の趣旨により、公社が地方公共団体に代わって建設(費用負担者は多摩川住宅居住者)したもので、本来地方公共団体に設置義務がある公の施設である。仮にそうでないとしても、水質汚濁防止法二条二項に規定する特定施設としての下水道終末処理施設又は屎尿処理施設(同法施行令一条、別表第一第七二号)であり、いずれにしても、水質汚濁防止法の排水基準に適合するだけの処理能力を有し、現に本件直結に至るまで右排水基準に適合した下水を排出していた。

したがって、多摩川住宅居住者は、下水道法一〇条一項本文に定める排水設備の設置義務を負わないものであり、同項ただし書の「許可」の申請をすれば「許可」となる(前述のとおり、実は「届出」をすれば足りる)ものであるから、実質的に同項ただし書に該当するものである。そして、地方公共団体は本来、社会的資産の保持に努めるべき義務を有するものであるから、調布市および狛江市は、従前処理場を公共下水道設置の都市計画から除外し、これを継続して使用するように指導する義務があり、これを怠って、右「許可」の申請をしないことの不利益を多摩川住宅居住者に負担させることは許されない。

以上から明らかなように、多摩川住宅居住者は当然には本件公共下水道を使用すべき義務を課せられていないのであり、その使用を希望する居住者が調布市又は狛江市と使用契約を締結した場合に使用関係が生じるにとどまり、これを希望しない居住者に使用を強制することはできない性質のものである。すなわち、多摩川住宅居住者は本件公共下水道を使用するかしないかの選択権を有していたのである。ただ、これを使用するためには、従前処理場の直前で一本に集約されている排水幹管の利用が前提となるため、排水幹管の接続先と無関係に居住者の各人が調布市又は狛江市と個別に本件公共下水道の使用契約を締結しても無意味であるという共同使用上の事実上の制約があったわけである。

(二) 多摩川住宅居住者の共同所有者としての地位について

多摩川住宅居住者の内、一般分譲及び積立分譲を受けた者は、分譲割賦金の完済時に当該分譲住宅(専有部分)の所有権とその敷地及び住宅共用部分並びに従前処理場等の共用施設の各共有権とを取得するとされている。

しかし、分譲を受けた者は、当該分譲住宅等に係る管理事務費並びに共用部分及び共用施設に係る維持費及び共益費はもとより当該分譲住宅等に係る火災保険料相当額及び公租公課相当額も負担し、しかも、公社が多摩川住宅の建設資金の一部を借り入れた住宅金融公庫のために当該分譲住宅等に第一順位の抵当権を設定させられているものであるから、分譲住宅等に関する所有権は、既に分譲を受けた時点から、実質的に分譲を受けた者に移転しているというべきであって、ただ分譲住宅等の経済的価値を把握し、分譲割賦金の支払を担保するために、形式的な所有名義が公社に留保されているにすぎないというべきである。したがって、原告両名ら分譲を受けた多摩川住宅居住者は、一般賃貸住宅の所有権を有する公社と共に、共用施設である従前処理場等の共同所有者であり、右法律関係は被告両名ら第三者に対して何ら不利益を与えるものではないから、原告両名は、右法律関係を被告両名に対しても主張できるものである。

(三) そして、いまだ従前処理場が十分に機能しているときにこれを停止して新たな下水処理方式を導入することは、共有物である従前処理場の使用状態に重要な変更をもたらすものであるから、保存行為ではなくて管理行為である。

したがって、公社と分譲を受けた多摩川住宅居住者が調布市及び狛江市と本件公共下水道の使用契約を締結する行為は、共用施設である排水幹管及び従前処理場の管理方法を決定するという面では共有物の管理行為であるから、共有持分を有する公社と分譲を受けた居住者の過半数の同意を踏まえた上で右両市と合意することによって初めて右使用契約が成立するのであり、公社と調布市と狛江市の三者の合意だけでは右使用契約は効力を生じないというべきである。ところが、右三者は、原告両名ら分譲を受けた居住者の同意を全く取らないで本件直結を強行したから、調布市及び狛江市と原告両名ら多摩川住宅居住者との間には本件公共下水道使用についての法律関係はいまだ成立していないものである。

(四) 仮に、原告両名ら分譲を受けた多摩川住宅居住者にいまだ分譲住宅等に関する実質的所有権がないとしても、下水道法一〇条一項によれば公共下水道の使用契約の当事者としては土地の所有者だけではなく土地の占有者も予定されているから、物の形状の変更も伴う本件直結は、占有権を共同して有する(準共有)場合の管理行為として、占有権の準共有者である原告両名ら多摩川住宅居住者の過半数の同意が必要なところ、右同意がない。したがって、本件公共下水道使用の法律関係はいまだ成立していないものである。

2  地方公共団体は、下水の適正処理及びそれから生ずる公共用水域の水質の保全に積極的に関与する義務を負っているところ、調布市及び狛江市は、従前処理場が水質汚濁防止法に規定する特定施設であり、同法の排水基準に適合する下水を排出しており、多摩川住宅から生ずる下水をあえて公共下水道に流入させて処理する必要がないことを認識しており、反対に公共下水道に流入させた場合、多摩川住宅から生ずる下水が重金属等の有害物質を含んだ排水と合流し、それらの排水の希釈水として働く結果となり、かえって公共用水域の水質の悪化につながることを認識していたのであるから、本件直結に対し積極的に反対の態度を取るべきであったのに、そのような態度に出ず本件直結を強行したものである。したがって、本件直結は違法であり、原告両名は右違法行為を原因とする下水道使用料の支払義務を負わない。よって、右支払義務の発生を前提とする本件各処分は違法である。

3  地方公共団体は、自己の行為によって個人的、社会的利益の変更をもたらすこととなる場合には、相手方住民の十分な理解と同意を得る民主的手続を履践する義務を負っているところ、調布市及び狛江市は、原告両名ら多摩川住宅居住者に不利益を与え、公共用水域の水質汚染に影響を及ぼすこととなる本件直結をするに当たり、次に分説するとおり民主的手続を履践していないから、本件直結は違法であり、原告両名は右違法行為を原因とする下水道使用料の支払義務を負わない。したがって、右支払義務の発生を前提とする本件各処分は違法である。

(一) 調布市及び狛江市は、原告両名ら多摩川住宅居住者に対し、本件直結問題が具体化して来た昭和五二年五月以降、居住者が本件公共下水道を使用するか否かを選択する権利を有することや、本件直結の必要性、本件直結により居住者及び社会が受ける利害得失等の重要な問題点についての説明を全くせず、また公社を指導して居住者に説明させる努力もせず、本件直結に反対する居住者に対しては、大多数の居住者の意思を確認しているかのごとき虚偽の説明をした。また、右両市は受益者負担金については公社を通じて居住者に対し説明をしたが、その内容は不十分であり、かつ、虚偽が含まれており、しかも、受益者負担金を公社と談合して公社が居住者から預かっている維持費より勝手に支出させた。しかも、右両市は、公社と相通じて、原告両名ら居住者の説明会の開催の要求や本件直結の延期の申入れを無視して、本件直結を強行したものである。

(二) 公共下水道の供用開始の公示は、公共下水道を使用するための排水設備を設置する準備をさせると共に、公共下水道を使用するか否かを選択する資料を提供するものであるから、事前にされなければならない(下水道法九条一項)。

ところが、調布市および狛江市は、本件各告示に先立って本件直結を行ったもので、右公示手続を無視したものである。

三  よって、原告両名は、第一の一及び二の各1の(一)記載のとおり本件各処分の取消しを求める。

第三請求原因に対する被告両名の認否

一  請求原因一の事実は認める。

二1  同二の1の冒頭の主張は争う。

2  同二の1の(一)のうち、事実は否認し、主張は争う。

3  同二の1の(二)のうち、分譲を受けた者の費用等の負担に関する事実は不知、その余の主張は争う。

4  同二の1の(三)及び(四)のうち、事実は否認し、主張は争う。

三  同二の2のうち、事実は否認し、主張は争う。

四1  同二の3の冒頭の主張は争う。

2  同二の3の(一)の事実は否認する。

3  同二の3の(二)の主張は争う。

第四被告両名の主張

一  本件各処分及びその前提である各納入通知等の適法性

1  調布市及び狛江市は、多摩川住宅を含むそれぞれの行政区画内において公共下水道を設置することを計画し、その工事を施工していたところ、同住宅の土地、建物その他の施設の所有者である公社は、従前処理場の処理能力が限界に達し、これを維持、管理していくためには多大の経費を要するため、同住宅内の従前処理場に通ずる排水幹管を転用して同住宅から排出される下水を公共下水道へ流入させるための排水設備とすることを希望し、狛江市に対し、昭和五二年一一月九日付けで、同市が同住宅の同市行政区画内に設置した本件公共下水道への接続方を申し込んできた。そこで、狛江市は、当時本件公共下水道の供用はいまだ開始されていなかったが、近い将来において供用開始の公示をすることが決まっていたので、右申込みを承諾し、これを受けて、公社が本件直結をした。なお、本件直結に係る工事は、狛江市が公社より委託を受けて施工し、その費用は公社が負担した。

2  (被告調布市長の主張)

ところで、調布市は、多摩川住宅の同市行政区画内の地域にいまだ公共下水道を設置していなかったが、同住宅の下水の処理は狛江市と歩調を合わせて行うことが同住宅居住者にとって便利であったので、同住宅の調布市行政区画内の下水を本件流域下水道へ流入させるために、本件流域下水道に接続する調布市の公共下水道が完成するまでの間、狛江市が設置した本件公共下水道及び同住宅の狛江市行政区画内の排水幹管を暫定的に利用することとし、本件公共下水道について、狛江市から暫定的に利用する了解を得て管理者となると同時に、昭和五二年一二月九日、公社から同住宅の調布市行政区画内の排水幹管について移管を受けて、これを調布市の管理する公共下水道とした。

3  本件直結により原告両名ら多摩川住宅居住者は調布市及び狛江市が管理する本件公共下水道を使用することとなったので、右両市は、本件各告示(使用及び下水の処理の開始年月日は、調布市が昭和五二年一二月二八日、狛江市が昭和五三年一月一日)をした。ここにおいて、調布市は調布市下水道条例で定めるところにより、狛江市は狛江市下水道使用料条例で定めるところにより、それぞれ調布市及び狛江市が管理する本件公共下水道の使用料を徴収できることとなった(下水道法二〇条一項)ので、被告調布市長は、原告瀬川の昭和五三年五月分及び同年六月分の下水道使用料七二〇円について昭和五三年七月一五日付けで同月二五日を納期限とする納入通知をし、被告狛江市長は、原告平原の昭和五三年四月分及び同年五月分の下水道使用料二四八〇円について昭和五三年五月二四日付けで同年六月三日を納期限とする納入通知をし、また同原告の昭和五三年六月分及び同年七月分の下水道使用料二九六〇円について昭和五三年七月二四日付けで同年八月三日を納期限とする納入通知をした(以下、被告両名がした右各納入通知を併せて「本件各納入通知」という。)。

被告両名は原告両名の右各納期限が経過後、それぞれ本件処分をしたものである。

4  よって、本件各処分は適法である。

二  原告両名は、本件各納入通知自体について何ら不服申立てや訴訟を提起していないから、本件各納入通知は形式的に確定し、もはやその違法性を争えないものである。したがって、本件各処分自体の違法性を主張せず、もはや争えなくなっているその前提たる本件各納入通知の違法性のみを主張する本件各処分の取消請求は、既にこの点において失当である。

三  原告両名の主張に対する反論

1  公共下水道の使用関係の法的性質について

下水道法は、公共下水道の管理主体を市町村又は都道府県に限定し、下水道事業を地方公共団体の独占事業とし(三条)、公共下水道の供用開始により排水区域内の土地所有者等に排水設備の設置を義務付け(一〇条)、更に公共下水道管理者の監督処分等(三八条)その他の各種の強制規定を設けている。このように、公共下水道の管理は公権力の行使そのものであり、その使用関係は、私法上の契約に基づいて生じるものではなく、公共下水道の供用開始により排水区域内の住民に対してその使用を当然に強制する建前をとっており、管理者の使用の承諾や許可はもちろん、利用者の同意も必要でない。

なお、被告両名が本件各納入通知をしたのは原告両名が調布市及び狛江市が管理する公共下水道を使用しているからであって、本件各納入通知の適否と公共下水道の使用関係の法的性質とは無関係である。

2  従前処理場が下水道法一〇条一項ただし書に該当しないことについて

従前処理場は、下水道法二条六号に規定する終末処理場には該当せず、建築基準法三一条二項にいう糞尿浄化槽にすぎない。しかも、同処理場は、多摩川住宅内の下水量の増加等により処理能力の限界に達しており、水質汚濁防止法及び同法三条三項の規定に基づき定められた東京都公害防止条例の排水基準に適合させるためには、多摩川住宅居住者に過大な経済的負担を課する結果を招来することとなるものであった。

ところで、下水道法一〇条一項ただし書の規定により排水設備の設置義務が免除されるのは、「特別の事情により公共下水道管理者の許可を受けた場合」又は「その他政令で定める場合」に限られるところ、右の「政令で定める場合」とは、鉱山保安法四条二号の規定により坑水及び廃水の処理に伴う危害又は鉱害の防止のため必要な措置を講じなければならない場合とされており(同法施行令七条)、従前処理場がこれに当たらないことは明らかである。また、右の「特別の事情により……許可を受けた場合」とは、その土地からの放流水について下水道法八条、同法施行令六条に定める水質の基準に適合する事情がある場合において、公共下水道管理者の判断によって、右の事情があることを理由に排水設備の設置(公共下水道の使用)義務を免除した場合をいうものと解すべきところ、従前処理場は右にいう「特別の事情」がある場合に該当せず、かつ、公社も原告両名ら多摩川住宅居住者も右「許可」の申請をしておらず、公共下水道管理者である調布市及び狛江市の「許可」を受けていないから、「従前処理場」は下水道法一〇条一項ただし書に該当しないことは明らかである。

3  多摩川住宅居住者が分譲住宅等に対して有する権利の内容について

原告両名ら分譲を受けた多摩川住宅居住者は、分譲割賦金の完済時に当該分譲住宅の所有権及び従前処理場等の共用施設等の共有権を取得するものであるところ、本件直結がされた時点では、右分譲割賦金が完済されていない以上、多摩川住宅の土地、建物その他の施設は公社の所有であり、また、右共用施設等の管理権が公社に存することも、原告両名らの分譲契約上明らかである。

そして、公社は、公共下水道の供用が開始されると多摩川住宅に係る建築物及びその敷地の所有者として排水設備の設置義務を負担することとなるので、右所有権及び管理権に基づいて、本件直結を狛江市に対し申し込み、かつ、実行したものである。

なお、仮に原告両名ら分譲を受けた居住者が分譲住宅等に関する所有(共有)者であるとしても、その旨の登記を経由していない以上、右所有(共有)権をもって第三者である被告両名らに対抗できない。

4  多摩川住宅居住者の過半数の同意があることについて

本件直結は、公社はもちろん、大多数の多摩川住宅居住者の要望に基づいてされたものであり、原告平原自身も、昭和五二年五月九日、狛江市役所を来訪して、被告狛江市長に対し速やかに直結するよう要望している。

しかも、本件直結後、原告両名及び調布市行政区画内居住者二名を除く多摩川住宅居住者は、いずれも下水道使用料について異議なくその支払をしているのであるから、右の者らは本件直結を追認しているということができる。

5  本件各告示前に本件直結がされたことが違法でないことについて

本件直結は、公社において、近い将来公共下水道の供用開始がされ公共下水道の使用義務が生ずることを予見して、行ったものであり、元来公共下水道の供用開始の公示が常に排水設備の設置に先行しなければならない理由はなく、直結(排水設備の設置)行為が供用開始の公示前にされても、供用開始前において下水道使用料を徴収するなどの下水道法関係法令の規定を適用する行為に出ない限り、何ら違法の問題は生じない。

第五証拠関係《省略》

理由

一  請求原因一(本件各処分に至る経緯)の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、本件各処分の前提となる本件各納入通知の経緯が被告両名の主張(第四、一3)のとおりであることは、原告らの明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

右納入通知の形式的確定を妨げる事由については原告らのなんら主張、立証しないところであるから、同通知は被告ら主張のとおり形式的に確定しているものと認められるところ、原告らが本件各処分の違法事由として主張するもの(請求原因二)は、いずれも本件各処分の固有の瑕疵ではなく、本件公共下水道の使用料納入義務の不発生(不成立)を理由とするものにほかならない。そこで被告らは、本件各納入通知が形式的確定をみた以上、もはや右使用料納入義務の不発生を本件各処分の瑕疵として主張することは許されないと主張する。

しかし、本件各納入通知の法律上の性質は、下水道法二〇条及び調布市又は狛江市の条例に基づいて(原告らの見解によれば、調布市又は狛江市との契約に基づいて)、原告らの本件公共下水道の使用に応じて発生した使用料納入義務について、その金額、納付期限等を示して(地方自治法施行令一五四条三項)なす履行の催告にほかならず、右納入義務を実体的に確定する効果を持った処分ではないと解すべきである。そうであれば、本件各納入通知の形式的確定自体は、本件各処分の違法事由として右納入義務の不発生を主張することの妨げとなるものではない。そして、本件各納入通知以外に右納入義務を実体的に確定する行政処分は存在しないから、原告らは右納入義務の全部又は一部の不発生をも争いうるものと解すべきである。この点に関する被告らの前掲主張は採用できない。

もっとも、原告らが主張するように右使用料納入義務が不発生であるならば、本件各納入通知が右納入義務を実体的に確定する効果を持つとしても、その瑕疵は重大・明白であるから右納入通知は無効となり、ひいて本件各処分もまた無効といわざるをえない。そして、原告らの本訴における取消請求には、この意味での無効の主張を包含していると解釈できる余地があるから、請求原因二の違法事由について次に判断する。

なお、本件各処分は、滞納処分の前提要件としての督促にほかならない(地方自治法二三一条の三第三項、同法附則第六条の五)が、地方自治法二三一条の三第九項はこれについて抗告訴訟の提起を許すものとし、処分性の存否に関する解釈上の疑義を立法的に解決したものと解する。

二  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1  公社が所有し管理して多摩川住宅から生ずる下水を処理していた従前処理場の処理能力が、施設の経年変化、流入下水量の増加等により問題を生じ、悪臭、汚泥流出事故等が発生し、これを維持、管理していくためには多大の経費を要するようになっていたところ、調布市及び狛江市は、同住宅を含む各行政区画内に公共下水道を設置することを計画し、先ず、同住宅の狛江市行政区画内の道路敷に狛江市によって本件公共下水道が設置された。これにより、同住宅から生ずる下水を公共下水道へ直接放流することが可能な状態となったため、同住宅の建物その他従前処理場、排水幹管等の施設及びそれらの敷地の所有者である公社は従前処理場による下水処理をやめて、同住宅から生ずる下水を公共下水道へ直接放流することを希望し、昭和五一年一一月ころから調布市及び狛江市と折衝を重ね、昭和五二年一一月九日付け文書で狛江市に対し、公社が所有し管理する同住宅内の従前処理場に通ずる排水幹管を転用して同住宅から生ずる下水を本件公共下水道へ流入させるための排水設備とするために、右排水幹管を本件公共下水道に接続することを申し込んだ。当時、調布市は、多摩川住宅の同市行政区画内の地域にいまだ公共下水道を設置していなかったが、公社からの公共下水道への直接放流の要請を受けて、同住宅の同市行政区画内の下水をも本件流域下水道へ流入させるために、本件流域下水道に接続する調布市の公共下水道が完成するまでの間、狛江市が設置した本件公共下水道及び同住宅の狛江市行政区画内の排水幹管を暫定的に利用することとし、昭和五二年一二月七日、本件公共下水道について、狛江市から暫定的に利用する了解を得てその管理者となり、次いで同月九日、公社から同住宅の調布市行政区画内の排水幹管の移管を受けて、これを調布市の管理する公共下水道とした。

そして、狛江市は、右公社の申込みを承諾し、これを受けて、公社がその費用を負担して本件直結をしたが、本件直結に係る工事は、狛江市が公社より委託を受けて施工した。

2  右直結工事の後、調布市は供用及び下水の処理の開始年月日を昭和五二年一二月二八日とする旨の、狛江市はこれを昭和五三年一月一日とする旨の本件各告示をした。そこで、調布市は調布市下水道条例で定めるところにより昭和五三年一月一日から、狛江市は狛江市下水道使用料条例で定めるところにより同年二月分から、それぞれ調布市及び狛江市が管理する公共下水道を使用する原告両名ら多摩川住宅居住者から下水道使用料を徴収することとし、本件各納入通知をしたが、原告両名が各納期限までに所定の下水道使用料を納入しないので、本件各処分をした。

以上の事実が認められ(ただし、請求原因一の事実及び被告両名の主張一3の事実は争いがない。)(る。)《証拠判断省略》

三  そこで、原告両名主張の本件各処分の違法事由について検討する。

1  原告両名は、従前処理場が下水道法一〇条一項ただし書に該当するので、原告両名ら多摩川住宅居住者は本件公共下水道の使用を強制されず、このような場合の公共下水道の使用関係は管理者と使用者との契約に基づいて生ずるものであるが、本件においては右契約が締結されていないから、原告両名の下水道使用料支払義務は発生していないと主張する。

しかしながら、下水道法一〇条一項ただし書の規定により排水設備の設置義務を負わないのは、「特別の事情により公共下水道管理者の許可を受けた場合」又は「政令で定める場合」に限られるところ、右の「政令で定める場合」とは、同法施行令七条により、鉱山保安法四条二号の規定により坑水及び廃水の処理に伴う危害又は鉱害の防止のため必要な措置を講じなければならない場合とされており、従前処理場がこれに当たらないことは明らかであり、また《証拠省略》によれば、従前処理場について右にいう「公共下水道管理者の許可」を受けていないことはもとより、右「許可」の申請も原告両名のいう「届出」もされていないことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない(なお、原告両名は、下水道法一〇条一項ただし書に該当するためには水質汚濁防止法の排水基準に適合している旨の「届出」をすれば足りるとか、調布市及び狛江市が従前処理場を継続して使用するように指導する義務があったと主張するが、右は独自の見解であって到底採用できないものである。)から、従前処理場は下水道法一〇条一項ただし書に該当しないものである。

そして、公共下水道事業は、地方公共団体の独占事業とされ(下水道法三条)、公共下水道の供用が開始されると、原則として排水区域内の土地の所有者等に排水設備の設置義務が課される(同法一〇条一項)ことになり、したがって、排水区域内の住民は原則として事実上当然に公共下水道の使用を強制されるものであって、使用に当たって管理者である地方公共団体の承諾や許可を何ら必要とするものではないから、公共下水道の使用関係は契約に基づいて成立するものではありえない。公共下水道を使用する者は、同法二〇条に基づき条例で定めるところにより、その使用の事実によって当然に使用料の支払義務を負うものである。

よって、原告両名の請求原因二の1の主張は、従前処理場が下水道法一〇条一項ただし書に該当し、公共下水道の使用関係が契約に基づいて生ずるとする点において既に失当であり、その余の点について判断するまでもなく採用することができない。

2  次に、原告両名は、本件直結が違法であるから原告両名に下水道使用料の支払義務を生じないとして、請求原因二の2のとおり主張する。

しかしながら、本件直結は、前記一認定のとおり公社が排水幹管等の所有権及び管理権に基づき、公共下水道の供用が開始されたことにより、下水道法一〇条一項一号の規定によって多摩川住宅に係る建築物の所有者として法律上負担することとなる排水設備の設置義務の履行としてなしたものであり、これをもって違法ということは到底できない。原告両名が右に主張するところは、下水道法制についての独自の見解を前提とするものであって、本件各処分の違法事由とはなりえないものである。

3  更に、原告両名は、本件直結が違法であり、原告両名が下水道使用料の支払義務を負わない他の事由として、請求原因二3のとおり主張する。

そして、本件直結が本件各告示に先立って行われたことは前記二のとおりであるが、下水道法九条が公共下水道の使用及び終末処理場による下水の処理の開始に当たって公示を要することとしたのは、供用が開始された場合には排水区域内の土地の所有者等に排水設備の設置義務等が課され(同法一〇条一項本文)、また、下水の処理が開始された場合には所定の期間内に処理区域内の建築物の所有者に水洗便所への改造義務等が課される(同法一一条の三)ため、これらの義務の発生時期及び対象区域等を関係住民に明示する必要があるからであり、本件のように排水設備の設置(直結)が公示に先立って行われることを禁ずる趣旨に出たものではない。したがって、本件直結が本件各告示に先立って行われたことをもって、本件直結ないし本件各告示を違法ということはできず、まして、本件各告示により使用が開始された日以後に公共下水道を使用する者から使用料を徴収することの妨げとなるものではありえない。原告らのこの点の主張は主張自体失当である。

また、調布市及び狛江市が、その管理する本件公共下水道の使用開始に先立って、右公共下水道を使用することとなる多摩川住宅居住者に対して右公共下水道の使用による使用料負担等の点について十分に説明することは望ましいことではある(ただし、居住者は、右公共下水道を使用するか否かの選択権を有するものではなく、また、本件直結により従前処理場が廃止されることに伴う問題は、公社と居住者との間の契約上の問題であり、右両市が関与すべきものではない。)が、右説明が十分なものではなかったとしても、そのこと自体は行政庁のとるべき措置としての当不当の問題にとどまるものに過ぎず、仮に原告らが請求原因二3(一)で主張するような事実があったとしても(ただし、右両市が右公共下水道の供用開始に際して虚偽の説明をしたことを認めるに足りる証拠はない。)、これによって本件各処分が取り消されるべきものとなることはないし、本件各処分に係る下水道使用料の納入義務が不発生となるものでもない。

よって、原告両名の右主張も失当である。

四  以上の次第であり、本件各処分が違法であるとする原告両名の主張はいずれも失当であり、前記一認定のとおり原告両名は調布市及び狛江市が管理する公共下水道を使用していたのであるから、調布市は調布市下水道条例で定めるところにより、狛江市は狛江市下水道使用料条例で定めるところにより、それぞれ原告両名から下水道使用料を徴収することができるものであり(下水道法二〇条一項)、原告両名が本件各納入通知に係る下水道使用料を各納期限までに納入しなかったために被告両名がした本件各処分に違法はない。

よって、原告両名の各請求は取消原因、無効原因のいずれの点からみても理由がないから、それぞれ棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本和敏 裁判官 太田幸夫 裁判官杉山正己は転官のため署名捺印できない。裁判長裁判官 山本和敏)

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